やどりぎ

希望をもって生きる technicよりもmind を大切に

クレイジー時代到来 

来たるクレイジー時代

 

日本ではクレイジーであることはだめなことと教えられてきた。

クレイジーには「風変り・気がくるっている」などの意味がある。

 

しかし、これからの時代クレイジーは重宝されてくると思う。

社会的に変わり者の地位が向上してくると思う

 

youtuberの台頭やtvでもクレイジーを取り上げる番組がある

そもそもこういった変わり者はいつの時代も一定数存在していて

現代がそういった人々を取り上げる媒体が増えたというだけの話だと思う。

 

変わり者は時代を変えてきた

人の社会を変えるのは人だ。常識にとらわれ、従順にしたがっているだけの人では社会に変革をもたらすことはできない。

 

社会に革新性をもたらすのは常識を理解しつつも、それに抵抗し常識を覆す思想を持ちえた変人だ

 

10年や20年は日本の社会にあまり変化はないように思う

だが、人工知能がシンギュラリティを達成した場合にその後の世界は今よりさらに創造的な社会に変わるだろう。

 

その時、必要とされるのはただ一途に人の多用な創造性になるんだろう

 

自分の知的好奇心を最大限に生かし、様々なものに出会い、自らをより面白いものに創造し、表現するんだ。生きているということを。

 

手っ取り早いのは人にクレイジーと言われるくらいに好きなことに没頭すること

そこに命の輝きを感じるんだと思う

 

 

 

 

 

 

 

意識の向け方で人生は好転するのだと思う

単純な動作ほど難しい

 一つの物事をしっかりと把握するためには、事象(起こっている出来事)をよく観察し、考察する必要がある。よく観察することで様々なことがわかる。しかし、このよく観察することが案外難しい。

 

観察の方法は様々だが、まずは物事をよく見ることだ。

目の前にリンゴがあったら、リンゴをよく見る

好きな人がいたら、その人をよく眺める

色や形、そのものの持つ雰囲気、

現代はものをよく見ることが様々な外的要因によって妨げられる状況にある。

 

興味を惹かれるものが多くて、一つの物事をよく見ることを忘れがちになる

私が飽きやすく、集中力がないからなのかもしれない。それにしてもなかなか大変な時代だ。

 

耳から入ってくる情報も大量にある。こちらも、漫然と聴いていては欲しい情報が入ってこない

 

情報収集の時に大事なことは欲しい情報が何かを明確にしたうえでそこに意識を向ける意識をすることだろうなー

 

世の中で、成功者と呼ばれる人は意識の高め方や、向け方が格段にうまいのだと思う。

日々意識を高く持つということは、何かを成し遂げたい場合には必要不可欠なことだ。

意識を高めていこう。感受性を磨こう。

そうすれば、きっと人生は好転する。

 

今日思うこと

進撃の巨人なんで終わったんだよ。

パイレーツオブカリビアン明日から上映だやったー

・最近テロ増えてきている。怖いなー

 

 

メトロノームはずっと聞いていると精神的に病む

今日はリズム感を養うために一日中スマホにダウンロードしたメトロノームアプリで

カチカチとなる針の音をずっと聞いていた。

これはとても気持ちが悪くなる。

一年間はやり続けようと思っていたが、初日にしてすでに辛い。

慣れたら心地よくなるものなのだろうか

 

リズム感とか音程を10代のころに養えていれば良かったのにと後悔する気持ちが強い。後悔先に立たずというので、あまり後悔しても仕方ないのだが

 

ギターを朝から晩まで弾いていると、世の流れが全く分からない。

 

音楽理論は難しい。理論がわからなくてもギターは弾けてしまうから面白い。

ギターでコミュニケーションが取れるのなら、無理に理論を覚えなくてもよいのだが。

如何せん、その域にはまだ到達できていないので、理論からも音楽の理解が深まるようにしていこう。

 

しかし、音楽は何よりも、聴く力が大切なんだと思う。

しっかり聞くことができれば、演奏できるのだろう。

僕はまだ聴く力が足りていない、一発で多くの情報を獲得できるようもっと修練を積んでいこう。

 

音楽は難しいが楽しい。今日はメトロノームで気持ち悪くなって、あまり記事がかけん

果たして、一か月続けてどの程度リズム感が向上するかわからないが頑張って続けてみよう。

 

ギターor die  の話

僕はギターがうまくない。しかし、どうしようもなくギターが好きである。

一日中、ギターが弾ければ人生満足である。そういう意味では、最近は毎日ギターが弾けているのでものすごく幸せである。

 

今日、何気にyoutubeで面白いギターはないかなと検索していたら

衝撃的な演奏に出会った

 

それというのは、中川イサトさんの演奏だ。

今までは、「五つの赤い風船」の人ぐらいの認識でいた

 

今まで、あまり、日本のギタリストでこれかっこいいと思う人がいなかったのだが、

中川イサトさんのインストは半端なく情緒的でかっこいい。タイトルの情景がギターの演奏により、鮮明に現れる。かの押尾コータローさんが憧れたというのも頷ける。

本当に衝撃的であった。ギターの奥の深さを改めて感じ、より一層励まなければならないという気持ちが沸いた。

 

加えて、音楽の無限の可能性にも気付ひた人生であった。

とても、一度の人生では、その極みを見ることなどできないのだろう。

僕も僕なりに、自らの音楽の探求をしていきたい

真摯に音楽と向き合えば向き合うほど、その大きさ、深さに圧倒される。

死ぬまで、研究なのだと思った。

 

覚悟が足りない。口では如何様にも言えるが本当に覚悟が足りなかった

 

今日はあまりものを書く気にならない。それよりもギターを弾くこととする。

 

余談であるが。ブログを書くことは案外自らを奮い立たせるためには良いのだと実感している。一日をしっかり振り返ることで明日も頑張ろうと思うのだ。

 

 

世の中に意味のあることはあるんだろうか? 死ぬことはどういうことなのか

最近、死ぬことについて考える。

自殺志願者とかそういわけではないのだが、
「死」と真っ向から、対峙した経験はない。
幸いなことに、今まで、大病も患わず
事故にも、あわずに生きてこれた。

ミサイルがふってくるかも知れないと煽られるからか、自然そのような考えも沸いてくる。

人間の存在の偶然性を思うと、死ぬことも偶然であり必然なんだろう。

死ぬことは怖い。痛いのも嫌だ。ゆっくりわからないうちに死にたい。
嫌に宗教じみた話になりそうだ。
今日は漠然としたことを朗々と書いていこうと思う。
僕はこのような漠然とした何の答えも出ない議論が好きである
生産性や合理性を何よりも求めていた時期もあったが、それはあまり意味をなさないのではという考えに至った。


僕は結論や結果、実存などというものにはたいして意味を感じえない。

今というのが、ほんとうに存在しているかも怪しいものだ。すぐに過去に流れていく。

今を掴みとることの難しさをこのブログを書いていて再認識している。


今の20代にリーダーといえる志を持った人はいるのだろうか。

この複雑でめんどくさい日本社会を破壊し、創造しようという、気概に満ちみちた。人はいるのだろうか?

世には美男は増えたが、心が清くかつ自らを捧げ未来を変えんというはあまり見受けられないように思う。

あくまで私見だが



日本の抑圧的な考え方を変革しなければいけない時期にあると思う

もっと開かれた国家であって欲しい。
これは願いであり、甘えだ。

僕は常に他人任せだ。弱い人間であるという自覚がある。

もうそれは変えようのない事実である。

問題はこれからその弱い自己とどう向き合うべきかという
社会は誰かが変えてくれることを期待しよう

自分をどう変えるかを考えたいと思う
人を変える大きな要因の一つに「不幸」というものがあると思う(事象を幸ととらえるか不幸と捉えるかは本人次第なのだが)
この「不幸」から何を学びとするのかで人の方向性というものが決まってるのだろう

私という弱い自己の形成には、今までの多くの失敗が起因している。主に人間観家である。

私はどうにも1人でいたい質のようで社会に全くなじむことができない。
恐らく、それほど長く生きられないように思う。

ルソーなどは人間は一人で生きたい生き物であるという類の言論を唱えており。ひどく共感を覚える

世の流れというのはどうにも退屈で必死でついていこうという気が起きないのだ。まったく阿呆である


人というのは弱く脆い生き物でその精神はすぐに瓦解してしまうものだ

権威というものにすぐにひれ伏す。良く調べもせず、その種の専門家を崇める

怠惰である

世の中に完璧な人間「パーフェクトヒューマンはいるのだろうか」
いるのならぜひお目にかかりたいものだ
きっと、後光がさして、僕などは目を閉じてしまうのだろう

人生とは無意味だ。しかし、楽しく生きることにはとても価値があるように思う。
五感を存分に使い生きるべきだ。さらに、人間には「考える」という武器がある。
より良いものを考えていこう。そして、死ぬ間際、世界や人が何を求めているのか、その一案にでもつながる何かが生まれてくれていることを期待しよう

あと、余談だが、こんなブログにも読者が一人ついてくれた。ありがたい限りである。

ちょっと耳コピできるようになったカタツムリ ディズニー音楽のすごさ

今日はギターな一日だった。本当に一日中ギターを弾いていた

そのおかげなのか、目をつぶって弾いていたら、耳コピがちょっとできるようになった

これはすごく嬉しい

 

独学で学び続けて、やっと少し耳コピができた。

今まで、視覚に頼りすぎていた。音楽は耳を養わないといけないことに遅ればせながら気付いた。

 

僕は才能という言葉とは無縁だと感じた

 

何をやっても最初からするりと言った試がない。ギターも御多分に漏れずそのようだ

しかし、他のことはあまり興味がなかったため続かなったが、ギターは続きそうだ

 

生涯を通して、頑張っていこうと思う

 

耳コピは楽しい。好きなアーテイストの曲をワンフレーズでもコピーできただけでも大した進歩だ。

 

僕のギターの上達スピードはカタツムリぐらいおっそい、もう進んでるのかどうかよくわからん

 

ギター教室に通う金もないので動画を漁ったりして一応懸命に練習してきたつもりなのだが、うーん前途は多難である

 

カタツムリなりの音楽を創っていこう

耳コピやって思ったんだが、技術をコピーするのは非常に良いのだが、それを自分の音楽に取り入れるよう工夫しないといけないなと思った。

 

ギターのうまい人たちは自然にやってることなんだろうけど、僕はどうにも次のステップに行くのに時間がかかる

 

そろそろ自虐的な言葉はやめよう

 

話は変わるのですが(もっとも元々脈絡などないのだが)

僕はディズニ―の音楽が好きだ。あの色んな世界観が混ざりあった感じの音楽が良い

ディズニーの音楽は聴くととても元気になる

あれはどういう仕組みなのだろうか?

 

コードがこうきらびやかなものが多いなと思う。

アラジンの「friend like me」を弾き語ろうと思ったら、コードがごたごたしてて難しかったなー

 

アラジンのミュージカルの動画に出てきたアラジン役の人のパフォ―マンスの人すごかった。

ミュージカル俳優の人たちは呼吸法や姿勢が素晴らしい。一流の人はどんな人も姿勢がいいなと思う。やはり、物事の根幹には姿勢があるんだろうと思う。

 

日本人は外国人に比べて姿勢が悪いらしい。発声法の違いも一つの要因で、英語は正しい姿勢でいないとしっかりと発音ができない。しかし、日本語の場合あまり口を動かさなくても発音ができる。

 

はっきりと発音ができる人に憧れる。文字や声にはその人の生命力がありありと現れるように思う。

 

僕はどうもだらけてしまうので、だめだ。おそらくそれがギターの腕があがらない要因でもあるんだろう。

 

ちゃんとしよう。

 

 

 

ギターうまくならないので辛い

ギターがうまくならない( ノД`)シクシク…

 

何だろうか、根本的にリズム感や音感がないのだろうか?

好き勝手に、独学でやってきたことがやはりまずかったのだろうか?

 

恐らく、理由は色々あるのだろうが

 

速弾きやチョーキングなどにこだわりすぎた。難しいテクニックばかりを追い求めすぎて、肝心の基礎がまるで不安定だ

 

もっとリズム感や音感を一から鍛えなおそう

基礎練習を怠っていたことを反省しよう

 

僕の大好きな歌手の玉置浩二さんは、音楽に終わりはなく、今の若い人たちには基礎が足りないと言っていた

 

自分の基礎力のなさを痛いほど感じる

 

 

音楽の奥の深さというのは尋常じゃない

最近やっと、音楽はコミュニケーションであり言語であるということの意味がつかめてきた。もっと多くの人とミュージシャンと対話しないとそれが自分を高める一番良い方法だ

 

独りよがりの演奏など誰も聞いてくれない

自分の思いを相手に伝えられるようもっと努力しなくてはいけない

 

 

明日からも、ギターの練習に励もう。もっともっとうまくならなくてはだめだ

自らを打ち壊して個性のある演奏をできるようにならないといけない

 

最近、フラメンコやジプシー音楽に興味が出てきた。

これらの演奏は超絶技巧だ

チャレンジしているのだが、できる気がしない

 

ジプシー音楽はロマ人によって継承されている音楽だ

彼らの過去はとても悲しみに満ちている。しかし彼らは陽気に音楽を演奏している

いつか、ロマ人の一団に会って、音楽を教えてもらいたい

そのためにも、今はギターの練習に励もう。

 

音楽は言葉だ。音楽ができれば全人類と会話ができると思う。

全世界の人が楽しくなるような演奏ができるようになりたい。

 

Esta Tonna 氏のような生き方に憧れる。

音楽家として世界を渡り歩く姿は理想である

 

好きな生き方をするためには、努力だ。たゆまぬ努力だ。

このことを忘れずに今年一年を過ごそう。いや、まず一週間を全力でやりきろう

 

何歳になっても夢はあったほうが良い。目標があったほうが楽しくなる。

漠然と物事を行ってしまう癖をいい加減直さなければいけない

自分の進歩を確認しながら、着実に歩みを進めよう

悔いのないように生きるんだ

あきらめずにあきらめずにあきらめずに頑張るんだ

 

自分の好きなことをやれない人生はまっぴらだ

自分を常に不快な状況におこう、常に一定のストレスを与え続けよう

学習は生半可な気持ちでは意味をなさないことは今までの人生で嫌というほど分かった。中途半端では何も身につかない

 

精一杯やるんだ