或るフリーターの手記

29才フリーター、日々の雑感を記す

「憂き世」 第一話 ~放たれる~ 

~放たれる~  

 

重い瞼を開けて、ゆっくりと体を起こす

空は虹色で、ぐにゃぐにゃと螺旋を描いていた

 

「やはり死んだのか」

 

男は微笑んだ

辛かった悩みや困難から、逃れられたと思った

 

「地獄か天国か知らんが笑えるんだな」

 

安堵だろうか。そんな言葉を漏らした

 

風も、音もなく、暑いのか寒いのかもよく分からない。眼前にはぼんやりと巨大な建物が見える。その建造物へと続く道は、両側が切り立った崖になっている。崖下には、エメラルドブルーの混じった黄金の雲が雲海を形成していた

 

「綺麗なもんだ、雲海なんて初めて見たな」

男は無邪気に笑った

 

「うちのご両親や、あいつも見たのかねぇ」

男はお道化、懐かしそうに微笑んだ

 

「タン、タララ、タリラ~、リラリ~、シャラリラリラ~」

建造物の中から、手招きするようにハープの音色が聴こえてきた

「優雅なものだな」


と男が思うと 

「カラーン、カラーン、カラーン」

と鐘の音も聴こえてきた

 

その音色は羽のように軽く、すべてのものや概念・空間をものともせず通過するような透明感のある響きで、男の心を射ぬいた。

 

いつもなら、感動を覚えたりしたときは軽口を叩いてしまうのが癖であった。しかし、この時ばかりは言葉がとても品性に欠けた下劣な人糞のように感じられ、ただ心の震えに身を任せるだけだった

 

鐘の音は男に安堵と人生が終わったことを告げた