私小説 「一鬼夜行」 第5號 「鴨」
創造力は捨てることから養われる
十分に満たされている状態では、新しいものは生まれてこない
現状の環境に満足できない、「異なるもの」が自らの好みをを頑として押し通した結果、新たな創造が生まれる
時代に風穴を開ける革新を起こす人たちは、皆総じて悪人である
悪人が市民を扇動し、革命が起きる
第5號 「鴨」
千春は広瀬川に浮かぶ、鴨の生態を観察していた
全身が茶色の毛で覆われていて、黒色の斑点がある、瞳は小さく、くちばしはやや黄色い、仲間と離れたところにいても、いくらか時が経つと、すぐにスーッと水面を滑るように泳ぎ仲間の元へと戻っていく。鴨は連なって泳ぐ習性があるようだ。
千春は飼われている動物にあまり関心がない。(おそらく、動物を飼うということが生理的にうけつけないのだと思う。特に首輪やひもをつけられている様子を見るのが嫌いだった。人の傲慢さと対峙しているような気分になるのだ)
しかし、野生の動物を観察することは嫌いではなかった
「野生」という言葉の持つ気高さ・逞しさ・アナーキズムな響きが好きだった
千春は家に戻った後も暫く鴨のことを考えていた
「何故、鴨はすぐに他の鴨の所へ戻っていくのだろう、、」
千春には友達と呼べるほど信頼できた人が今までいなかった
(主に千春の恐ろしく陰湿で、理屈っぽい性格が災いしていると思われるが)
家族とも絶縁状態にあるため、人から安らぎを得るということは皆無であった
心許せるものは煙草・酒くらいで、数えるのには指二本で事足りた
千春は大学時代、勤勉な読書家であった。一時期、堀江貴文や孫正義・イーロンマスクに触発されて、起業を試みたこともあったが、長続きはしなかった。技術や金を追いかけるというのがどうも肌に合わなかった。(これは単なるめんどくさがりの言い訳に過ぎない)
ただ、ビジネス書から、日本の文学作品、海外の童話、技術書など様々な本を読み漁っていたのは事実である。大学教授の講義はほとんど関心を魅かれるものがなかったが、
坂口安吾や太宰治、芥川龍之介の本には驚くほどのめり込んでいった。
特に太宰治の「竹青」という作品が好きだった。
大まかにいうと、中国の貧書生が烏となりラブストーリを展開するというものである。
千春はこの作品を何度も読み返していた
たくさんの本を読んだ千春が学んだことは
「この一冊を読めば、あなたの人生は変わります」とか
「これを読むだけで、あなたの年収がupします」とか
そういった類の本は、総じて大嘘であるということくらいだ
確かに、感情が揺り動かされる本もあれば、稼ぎに直結するエッセンスを伝えてくれる本もある。
しかし、一冊の本を読むだけで人生が大きく好転することはほとんどない
その後の行動が重要なのだ
(私はそこで大きく踏み誤ったようである)
たくさんの本を読んだところで賢い人間にはなれない
多くの難しい言葉を知ったところで、人の悲しみを感じ取れるようにはなれない
賢い人間、聡い人間とは、金儲けの才能がある人ではない、早口で多くの専門用語をまくしたてる人ではない、人の悲しみや喜び、人の感情の機微を敏感に察することができそれに静かに寄り添うことができる人のことを指すのだと思う
鴨は静かにシュラーと水面を滑り、寄り添い合うように水面に浮かんでいた
ただ、静かにゆらりゆらりと時折来る波に揺られながら浮かんでいた