或るフリーターの手記

29才フリーター、日々の雑感を記す

心模様殴書 「一鬼夜行」 第9號 「しろ」

渇く
喉が渇く
瞳が渇く
心が渇く

幸せを渇望する
幸せ?

あなたの幸せはなんですか?
何色をしていますか?
どんな形をしてますか?
どこにありますか?
何故求めるのですか?
幸せを知れば幸せになれますか?
あなたが今幸せではないとすれば、それは不幸なことですか?
私はいつ幸せになれますか?


一匹の白猫を見かけた
身体はやや痩せ細り、眼光は鋭く、瞳はトリフェーンのように黄金に輝いていた

猫は車に轢かれた
猫の骨がゴキゴキとすり減ることに運転手は気づかない

科学の叡智を搭載した鉄塊は、野蛮で純真な獣を死臭の香る真っ赤な肉片へと変貌させて、鼻唄を唄いながら優雅に人を運んでいきました

貴方に名前を与えましょう
白い猫だから、「しろ」
決して汚れてはいけませんよ
どんなことがあろうと決して


「しろ」は色があるところには近づきませんでした
「しろ」は深緑の水溜まりを避けて歩きました
「しろ」はピンクの花を見ないようにしました
「しろ」は黒い雨が降ったときは雨宿りをかかしませんでした
「しろ」はオレンジの日光を避けるため家からでなくなりました。

「しろ」は慎重に慎重に自分を汚さないように努めました。

ご主人様もそんな「しろ」のことを誉めてくれます。
「偉いな、お前は私の願ったとおりずっと美しい真っ白だ、何の汚れもない」

「しろ」は上機嫌でした。
少しだけ、この美しい純白を他のものにも見せてあげようと思い、街に出ました

道行く人は皆「しろ」の美しさに見惚れてしまいます

「しろ」はますます上機嫌になりました

その様子を伺っていたカラスが羨ましげに話かけてきました。

「君はみんなに誉められて大層良い気分だろうね」

しろは嬉しそうに答えます
「そうですね、とても良い気分です」

カラスはしろに申し訳なさそうに
「白猫さん貴方の白と私の黒を1日だけ交換してくれないか」と頼みました

しろは「1日だけなら、いいですよ」と答えました
カラスはお礼を言って飛びさって行きました

しろは「クロ」になりました
道端を行く人は黒猫になったしろを敬遠するようになりました

しろがどれだけ可愛らしい声で歌っていても、不吉だと不気味がるようになりました

しろは今まで、避けられた経験がなかったため、自らが嫌悪の対象になっているとは少しも思いませんでした

カラスは1日経っても戻っては来ませんでした
仕方がないので、ご主人様の元へ戻ることにしました

しかし、ご主人様は家の中にしろを入れてくれません

「私はこんな黒猫しらない。私のしろはまだ帰ってこないの?」

しろは自分が「しろ」だと主張するのですが、ご主人様は全く聞く耳をもたないので、困り果ててしまいました

カラスと色を交換して、もう12日が経ちました
しろはろくに食事を食べていなかったので、ふらふらと立っているのが、やっとでした

13日目の夜、しろは轢かれました
しろは真っ赤になりました

頭上では、白い烏が、黒く嗤っていました
ご主人はしろを探しに、方々を巡ったのですが、結局しろは見つかりませんでした

帰ってくると、何故か車体がへこんでおりました
「あれ、おかしいな?全く、またムダな出費が増えてしまうよ」

ご主人は怒って家の中へ入っていきました